最後の一つのサーバ

某県のS市に、とあるゲーム開発会社があった。
携帯向けのゲームをいくつかリリースしているが、なかなか大ヒットに巡りあえていない。
かさむコストに対する声なき圧力により、少しずつサーバが削減されていた。
 
この会社に入社してもうすぐ3年になるジョンジーは、あるゲームのプロジェクト責任者だ。
このゲームは、もともと別の開発者たちにより作られたものだ。
彼らはこのゲームを作ったあとに新たなプロジェクトへ異動となり、ジョンジーが引き継いだのだ。
引き継ぎ前のジョンジーは、明るく快活でだれからも好かれるチャーミングな子だった。
しかし、ユーザーからのクレーム、過酷な売上ノルマ、いつまでも直らない不具合などが、彼女の雰囲気を一変させてしまっていた。
 
「あのサーバが全てなくなるとき、私は無職になるのね」
最近ジョンジーは、同期のスーにこのような弱音を吐くようになった。
「何を言うの? このゲームが面白くないのはあなたのせいではないし、それしきのことでクビになるわけないじゃない。」
そう励ますスーだが、この会社ではありえない話ではないということは、スー自身も気がついていた。
「いい? とにかくあなたは、遊んでくれるお客さんがいる限りがんばるのよ。」
そう言い残すと、スーは開発室へと足を運んだ。
 
「ベアマン、ベアマンはいる?」
開発室に入ったスーは、よく通る声で叫んだ。
ベアマンは、iPhoneAndroidのコアな技術が好きな技術オタクだ。
しかし彼の作るゲームはことごとく面白く無かった。
彼自身、ゲームそのものはあまり好きではないのも原因だったのかもしれない。
このソートのアルゴリズムはO(n^2)なので遅い、などという文句を部屋の隅でブツブツ呟く毎日を過ごしていた。
 
開発室にスーが入ってきたことにベアマンは気づいていたが、あえて無視をしていた。
そんなベアマンにスーは近寄り、声をかけた。
「いるなら、返事しなさいよ。」
「返事をするかしないかは、俺の勝手だ。」
「どうだか。それよりあんた、ジョンジーが管理しているゲームの事、知っている?」
ベアマンは、ジョンジーの名前を聞いて少し同様した。
今のゲームを引き継ぐ前の明るいジョンジーは、長くこの会社に勤めるベアマンにとって、数少ない癒しの存在だったのだ。
「ジョンジーが、どうかしたのか?」
「今のゲームのサーバが全部なくなったら、彼女、会社を辞めることになるわよ。」
「馬鹿な。それしきのことで会社を辞めるなんて、ありえない。」
「ありえない会社でないことは、あなた自身もよく知っているでしょ。」
ベアマンを除いた同期は全員、すでにさまざまな理由でこの会社を辞めていたのだ。
「あんたなら何とか出来るかもと思って来たんだけど、そう簡単じゃないのね。」
失望とあきらめの混じった顔で開発室を出るスーを、ベアマンはある決心を胸に秘めて見送った。
 
── 数日後
 
このゲームのテコ入れを行うために、大規模なブースト広告を打つことが役員会で決定された。
今や一台しか残っていないサーバでは到底さばき切れないトラフィックが予想されたが、誰もそれを口には出さなかった。
 

── さらに一週間後
 
「とうとう最後の一台ね。」
二本しかLANケーブルの刺さっていないスイッチをみて、ジョンジーがスーに語りかけた。
(作者注:一本はサーバに、もう一本はWANにつながっているので、計二本となっている)
「そうね。」
スーは、そう答えるだけで精一杯だった。
すでにマーケティング部門からは、1,000万円分の出稿をしたという知らせが届いていた。
App StoreでもGoogle playでも、ゲームの順位はまるで徒花のようにあがっていた。
おそらく最後のサーバには、信じられないトラフィックが嵐のように降りかかっているだろう。
しかし、ジョンジーもスーも監視ツールを立ち上げることはしなかった。
望んで手に入れたゲームではないとはいえ、しばらくメンテナンスをすれば愛着は湧いてくる。
そのゲームの絶命の瞬間を見ることは、心情的につらかったのだ。
ただ、最後のサーバが高負荷に耐え切れず散ってしまうのを待つしかできなかった。
そしていつしか、ふたりともサーバの前で眠ってしまった。
 
夜の間は切れてしまうエアコンのスイッチが入る音で、ふたりとも目が覚めた。
ふたりは同時に、最後の一台のサーバに目を向けた。
そこには、ふたりが眠る前と変わらずに起動し続けているサーバの姿があった。
信じられないとスーを見つめるジョンジーだが、スーには心当たりがあった。
ただ、彼が何をしたのかまではわかっていない。
「ジョンジー、ちょっと待っててね。温かい紅茶を買ってくるわ。」
そう言い残して、スーは再び開発室へと足を運んだ。
ベアマンを探しに。
 
「ベアマン! ベアマンはどこ!」
スーが駆け込んだ開発室に、すでにベアマンの姿はなかった。
かわりに彼のデスクに、一枚の手紙と数枚の設計書が置かれていた。
手紙には、ベアマンからスーへのメッセージが書かれていた。
『スーへ
ジョンジーに笑顔は戻ったか?
サーバがブーストにさえ耐えられれば、売上はあがり、評価も高まるだろう。
詳しいことは、別紙に記載したので見ておいてくれ。
どうやら俺は、ゲームを作ることには向いていないようだ。
自分らしい仕事は何かを探しに、この会社を出ようと思う。
また会う時があるとすれば、それは人生で最高にクールなシステムを見せてやる時だ。
じゃあな、ジョンジーによろしく。
 
p.s. 無視して悪かったな。あんたの来訪は、嫌いじゃなかったぜ。』
 
手紙を読んでいる途中からスーの頬を伝って落ちる涙が、ベアマンが書いた設計書を濡らす。
その設計書には、P2Pで端末同士が直接通信をするための方式が書かれていたのだった。
 
fin.